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Do it nowのブログ

エゴサーチ・アンド・デストロイ

「無人島に何か一つだけ持っていくとしたら?」天才「MEGUMI」

 

彼は天才であった。

何気ない日常会話のワンシーン。「無人島に何か一つ持っていくことができるなら何を持っていく?」に対して、彼はコペルニクス的転回をやってみせたのだ。

 

MEGUMI。」彼はそう答えた。

 

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MEGUMI。そう、巨乳の女だ。 

 

MEGUMI」と答えられた瞬間、私は今まで何か目には見えない「枠」に捉えられていたことに気づき、いかに狭い世界で生きようとしていたのかを自覚した。やはり世界とは無限の可能性に満ちているのであり、その可能性を殺しているのは自分自身なのだと実感するに至った。

 

彼の「MEGUMI」は「無人島に何か一つ持っていくことができるなら何を持っていく?」という問題の固定観念を削ぎ払った。普通の人なら、「サバイバルナイフ」や「マッチ・ライター」と答えることだろう。つまり、生きるための手段となるものを選ぶのだ。それは無人島で生き抜くことを前提にしている。


では「MEGUMI」とは生きるための手段なのだろうか。否。断じて、否。

MEGUMI」とは巨乳の女だ。巨乳があったとしても、私たちは水や食料、もしくはサバイバルの知識がなければ生き抜くことはできない。MEGUMIは水や食料にはならないし、巨乳の女にサバイバルの知識があるとは思えない。

では、彼が「MEGUMI」と答えた真意とは何なのだろうか。彼はこのように語っている。

 

「俺は無人島でMEGUMIとヤりたい。MEGUMIとヤれたらもう俺は死んでもいい。」

 

お分かりだろうか。彼の「MEGUMI」は我々一般の観念をゆうに超えている。彼は生きようとはしていないのだ。

それどころか、彼はこの質問を「命よりも大切なものがあるか?」という問いに昇華させ、「生」の本質を問おうとさえしている。

たしかに無人島にマッチやライターを持ち込めば、生命は長持ちするだろう。それとは逆に、MEGUMIを持ち込んでも生きるための手段とはならず、1週間も経たずに死んでしまうかもしれない。

 

しかし、無人島にマッチやライターを持ち込み、「ただ命を継続させるために生きること」にどれだけの価値があるといえるだろうか。彼はそう問うている。人もいない、物もない、何もない無人島で、一人生き続けることは本当に「生きている」といえるのだろうか。


我々は普段、無意識に生きようとしている。何か目的を見つけるわけでもなく、やりたいことをやろうとするわけでもなく、ただ心臓の鼓動を継続させるため、呼吸を続けるため、生きようとしている。少しづつ寿命という死に自分が近づいていることを知りながら。

我々は、知らない間に、人生という無人島にマッチとライターを持ち込んでしまっているのだ。そして、何もない無人島で一人静かに死のうとしている。

我々にいま欠けているのは「MEGUMI」を選ぶことなのではないか。彼は自身の命よりも大切なものとしてMEGUMIを選んだ。生命を継続させることよりも、MEGUMIとヤることを選んだのだ。彼にとっては、MEGUMIとヤることこそが本当の意味で「生きる」ということだったのだ。

もしこの質問を他人にされた場合は、胸に手をあてて考えてみてほしい。あなたが生き長らえようとしているその命は、MEGUMIとヤる以上の価値はあるのだろうか。

 時に我々は答えが出ているにも関わらず、その答えに目を向けようとしないことがある。答えを見るのが恐ろしいと無意識に思ってしまう。自分の答えた解が間違っていると否定されるのが恐ろしい、もしくはずっと悩んでいるフリをしておきたいのだろう。


もうおそらく答えは出ているのではないだろうか。眼をしっかり開いて、しかと答えを見よ。目をそらさず、目の前の巨乳を見よ。MEGUMIを選ばずして生きる命など、とうに死んでしまっているのに等しい。この人生一度だけでもいいからMEGUMIとヤりたい、MEGUMIとヤれるなら死んでもいい。俺たちにはまだ「生きる」目的があったんじゃないか。俺たちは人生という無人島で絶対MEGUMIとヤるんだ。俺たちはちゃんとMEGUMIを選べるんだ。

 



彼の「MEGUMI」という返答は、「生きる」ということに対して受動的であった我々に、命の火をともしたように思われる。これは「人生の最終地点には必ず巨乳が存在する」という一つの仮説にもなり得るだろう。

 

私はこれから迷わず、無人島には磯山さやかを持っていきたい。MEGUMIはエラが張っているから嫌だ。

まあ、何にせよ、私の人生に巨乳の二文字を刻み込んだ彼の返答は素晴らしかった。

 

 

ところで、そんな現代に生きるコペルニクスとも評すべき彼に純粋な疑問をぶつけてみた。

 

「無人島にMEGUMIを持っていったら、本当にMEGUMIとヤれるの?」

「知らんけど、無人島なら身も心もオープンになんじゃねーの?」

 

その勢いのある解答に、ひどく心が震えた。